忍者ブログ
This is blog made by Mkhan who is a student of certain K University. I want to tell that I thought every day properly. Please comment if all right what it is.
[1] [2] [3] [4] [5]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

奈良県は飛鳥にいってきました。

飛鳥駅で降りて、レンタサイクルでまわりました。

はじめにむかったのはキトラ古墳です。

施設が設置されて、保存されているようです。

次は於美阿志神社・桧隈寺跡です。

東漢氏との関係が想定されているそうです。

それから文武天皇陵を訪れたあと、高松塚古墳へ。

資料館で壁画の模写をみることができました。

当時の人の死生観を感じることができました。

次は天武・持統陵へ。

見晴らしのいいところを占地しています。

それから欽明陵・吉備姫王墓へ。

後者には猿石といわれる不思議な遺物がありました。

次は石舞台古墳へ。

ここ、お金取られるんですね。

お金を払って入場すると、有名な石室が見えていました。

高校の教科書に載っていたあれです。

そして向かったのは飛鳥寺。

近くには入鹿の首塚といわれるところがあります。

さらに進むと、水落遺跡があります。

『書紀』に水時計を作らせたという記述があります。

時を支配するということですね。

この一体は石神遺跡がひろがっています。

ここで饗宴がおこなわれていたのでしょうか。

近くに埋文センターがあったので、展示をみていきました。

他にも幾つか古墳などまわったのですが、省略しときます。

飛鳥、初めて行ったのですが、観光地になってるんですね。

整備されていて親子連れなどの観光客が大勢いました。

特に、高松塚と石舞台のあたりに多かったと思います。

けど、特定の人物の墓に比定されていない古墳には全然人がいませんでした。

そういう所も行っておかないとね。
PR
今日は奈良県の桜井市~天理市あたりを散策してきました。

まず訪れたのが大神神社です。



『記紀』に多くの記述があり、三輪山伝承として知られています。

『書紀』によれば、茅渟県陶邑出身の大田田根子が三輪の神を祀ったとされています。

ちなみに、『古事記』では意富多多泥古は河内の美努村の出身とされています。

この、美努村とは、昨日訪れた陶荒田神社の付近に比定されています。

まぁ言えば同郷ですか。

大神神社は拝殿はありますが本殿はありません。

というのも、三輪山そのものが御神体なんです。

三輪山は登拝することができます。

狭井神社で受付をし、襷をうけとると登ることができます。

写真撮影禁止や飲食・火気禁止といった注意事項を守ると、山に入ることができます。

山頂に向かう途中、巨石がいくつか集まっており、祭祀が行われたことをうかがうことができます。

なかなか険しい道のりでした。

大神神社を後にして、次は周辺の古墳をハシゴしてきました。

有名なのが箸墓古墳でしょうか。

「卑弥呼の墓か」なんて云われてたりもするようです。

昼は人がつくり、夜は神がつくったという伝承があります。



初期の前方後円墳なのですが、きれいな撥形をしています。

次に、景行天皇陵や崇神天皇陵などを訪れたた後、柳本駅から天理に向かいました。

駅でおりた瞬間、

「ようこそ おかえり 天理へ」

の看板が目に入ります。

天理教の本部なんですね。

法被を来た人がいっぱいいました。

商店街をまっすぐ突き抜けて向かったのが石上神宮です。



布留遺跡ですね。

石上氏の本拠地です。

石上氏といえば、もと物部氏。

石上神宮は武器庫があったようです。

七支刀が有名です。

鶏が放し飼いになっていました。

天理をあとにし、帰宅したのですが…

疲れていたので電車で寝ていたんです。

天王寺で乗り換えなのですが、ふと目が覚めて、「あっ、ちょうど天王寺や」と思って電車を降りたのですが…

乗り換えようと思って階段を登るとホームがやたら少ない。

というか、すぐ出口でした。

なんかおかしいなぁ

と思ってよく見たら、

久宝寺でした。

やってしもた。

王寺で間違えるならまだしも、久宝寺で間違えるとは…

今日は一日歩きっぱなしだったので、非常に疲れました。

特に、右のハムストが筋肉痛でかなり痛いです。

でもまぁ念願の三輪山・箸墓・石上神宮にいけてよかったです。
陶荒田神社にお参りしてきました。



高魂命・剱根命をお祭りする神社です。

『新撰姓氏録』にも記載のある荒田直氏が当神社の祭祀を掌っていたそうです。

古代の地名では大鳥郡大村郷にあたり、陶邑の一部をなしています。

荒田直氏も須恵器生産に関与していたのでしょうか。

この近くには身野山という地名が残っていますが、『古事記』に「茅渟県美努村」とあり、関連が想定されます。
今日は川越にいってきました。

まず訪れたのが喜多院です。

淳仁天皇の勅により慈覚大師円仁が創建した勅願所だったそうです。

ここで特に印象に残っているのは五百羅漢でしょう。

仏像が全部で538体鎮座しているんです。

それぞれ異なった表情や行動をしているので見ていても飽きません。

次にむかったのが、川越城本丸御殿です。

資料館になっていました。

そしてすぐ近くの川越市立博物館へ。

市立博物館なので、原始・古代からの歴史を学習できるのですが、特に近世の展示に力が入っているようでした。

昼食をとったあと、菓子屋横丁へ向かいます。

駄菓子屋さんが軒を連ねる通りなのですが、ものすごい人でした。

懐かしいお菓子も発見しました。

最後に川越市蔵造り資料館を訪れました。

ここでは、川越を象徴する「蔵」について学習することができます。

いろいろまわりましたが、バスの一日フリー乗車券と、資料館の共通入館券を買えば安く済みます。

また駄菓子を漁るのはいきたいかな。
弥生文化博物館にいってきました。

というのも、ゼミの先生の講座があるということで、駆けつけたというわけです。

博物館に入る前に、隣接する池上曽根遺跡を訪れました。

和泉地域における弥生時代の拠点的集落です。

整備されて公園になっていました。



ここを少しぶらついた後、博物館へ向かいます。

弥生文化博物館は以前、小学校の校外学習できたことがありますが、そのときとは状況がぜんぜん違います。

予備知識も展示の理解度も違います。

展示をみてから講演会場へ向かいます。

事前申し込みが必要なのですが、事情を話すと入れていただくことができました。

資料は購入でしたが(笑)

オーディエンスはやはり年齢が高めの方が多かったです。

というか、自分以外皆そうやったかも。

公演はゼミの授業と同じくらいかそれ以上にギャグ全開でした。

「専門的な内容をわかりやすく」って難しいですね。

その後は館長室で関係者の方々と談話。

話は聴いているばかりでしたが、これは興味深いものばかりでした。

今後も面白そうなイベントが目白押しのようです。

授業があるので行けなさそうなものばかりですが、行ってみたいです。
今日は考古学の授業の一環で東博の見学にいってきました。

東博の先生が埴輪について詳しく解説してくださいました。

普段の授業も十分面白いのですが、実物資料を前にするとまた違います。

ただ、前日から遊びすぎたのでかなり乙な感じでした…

その後、同博物館で開催された日本考古学会の例会に出ました。

先生の勧めでいったものの、アウェイな雰囲気が…

発表は2つとも興味深いものでした。

博物館いいね。
東大で行われていた史学会の大会にいってきました。

午前は研究発表で午後は日本古代・東洋史合同シンポジウムでした。

知っている人やどこかでみたことある人、名前だけ知ってた人など見かけました。


今日は上野から浅草にかけて歩いてきました。

上野公園は寛永寺の境内だった土地ですが、実は古墳群もあったりします。

現存しているのは摺鉢山古墳の一基のみのようですが、それなり70メートルほどあるみたいです。



上野に行かれる際は、立ち寄ってみるとよいかもしれません。

それから東照宮に立ち寄った後、不忍池へ。

こちらには観音堂があるのですが、その近くに「めがねの碑」があります。



めがねを愛用されている方は必見でしょう。

その後、寛永寺根本中堂と徳川家の墓地を見学した後、浅草へ。

浅草といえば浅草寺+浅草神社でしょうか。

大阪から友人が来る度にここに来ている気がします。

ここにきたら食べ歩きがしたくなる…

ということで、あげまんじゅうやもんじゃまんを買ってしまいました。

うろうろいている途中、ロケ隊に遭遇しました。

人力車でいろんなお店を回ってるようでした。

興味深かったので、ロケ隊の方をずっと見ていました。

映ったかな~(笑)

ロケ隊をみていると「黒糖まんじゅう1個10円」の看板を発見。

ばら売りはしていないということだったので18個入りを買って三人で分けて食べました。

まだ温かく、おいしくいただきました。

そうこうしているうちに時間終了。5限からは授業があったので大学に向かいました。

上野にしても浅草にしても何度もいったことのあるところでしたが、よく散策してみるとみたことのない遺跡やお店など発見があります。

いつか制覇してみたいと思います。
今日はすごい雨です。

台風が接近しているみたいですね。

そんな中、専修大学で行われた公開講座にいってきました。

テーマは「井真成―日中の研究状況」です。

研究者の先生が問題の所在や学説の紹介、現段階で判っていることなどを講義するという内容でした。

(ちなみに、井真成の出自=九州王朝説の紹介もちらっとありました。)

一昨年、井真成に関する別のシンポジウムに行ったのですが、その頃とは研究状況もだいぶ違うようです。

新しい史料がみつかると研究ももっと進むのでしょうが、そうでもない限り研究は細かくなるか広げていくかという感じみたいです。

でも史料の情報は無尽蔵やから、まだまだ進むのではないかと思います。

……井真成で卒論を書かれる方には頑張っていただきたいと思います……
今日のゼミは合宿の続き。

発表の順番が回ってこなかった人の発表でした。

というわけで、やっと順番が回ってきました。

授業終了の20分前で

なのでその次の人は来週の発表です。

どんなけ延期するんやろ(笑)

で、ゼミ合宿用に用意したレジュメを使って発表したのですが…

質問が全くナシ…

ローカルで尚且つマイナーなネタを扱ったからなぁ。

大きなテーマを構成する中の一部としてはそれなりに意味深な内容だったのではないかと自分で思っているのですが、単発でやると「それがどうした」となりかねないネタでしたからね。

この路線で卒論に取り組むのかはまた検討しないと。


忍者ブログ [PR]
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
Mハン
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/08/06
職業:
學生
趣味:
堺っ子体操
自己紹介:
和泉國生まれ、和泉國育ち。
中学校のころ、弟が“鴨鍋”をドヴァる。それをきつかけにドヴァに憑かれ、謎美術館を開設する。しかしその後、自分も“どん兵衛”をドヴァつてしまふ。「ドヴァを笑ふ者はドヴァに泣く」の故事成語はこの事件に因る。また、かけつこを本格的に始める。
高校のころ、アーティストとして注目を集める。また、かけつこに没頭する。
現在、ドヴァらないやう常に細心の注意を払ひつつ生活を送ってゐる。
国際的に著名かどうかは、不明。



shocker@mail2.dnet.gr.jp
最新コメント
無題(返信済)
(03/07)
無題(返信済)
(06/16)
無題(返信済)
(06/20)
無題(返信済)
(06/15)
無題(返信済)
(06/15)
ブログ内検索
カウンター
バーコード
最新トラックバック
お天気情報